Akiraブログ

人生はぐるぐる

映画

ドニーダーコを見た感想

わりと難解だとか、意味がわからない、ループ映画とか言われたりしている映画の一つにドニーダーコがある。

確かに一度見ただけだと良くわからない。個人的にはこういった類の映画や小説のようなものは好物である。
考える事でその作成側の意図を組みとったりするのが好きみたいだからだ。

確かに良くわからない、もしくは自分の理解力が足らない為か4度見た。
2時間の映画である為、費やした時間は合計で8時間という事になるが、
決して時間を無駄にしたとは持っていなく、むしろ映画を楽しむ事が出来たと思っている。

2回目までは流して見たが、3、4回目はメモを取ったり、止めたりしながら本気でドニーダーコという映画を向き合ってみた。
その成果(?)を完全なるオピニオン記事としてみた。

新鮮な気持ちで楽しみたい方はここから先は読まない事を推奨する。
見た事はある人へには自分のオピニオンとして読んで楽しんでもらえたらと思います。

それから、ここから先は自分のオピニオンであるのだが、そんな事より公式見解を知りたい方がいるかもしれない。
実は公式見解は存在しているのである。まず先に確認したい方はページ下部に簡単にまとめてあるので確認してみて欲しいと思う。

では、始めたいと思います。

■簡単なあらすじ
2時間の映画であるが、まずは簡単なあらすじ。
主人公のドニーの部屋に飛行機のエンジンの一部が落下して死ぬはずだった。
1988年10月2日になって間もなくの出来事だった。
「だった」と書いたのは、回避したからである。
回避したのは、ドニーは精神安定剤を服用しているが幻覚を見る事があり銀色のウサギのマスクを被り着ぐるみを着ているフランクという名の者が見えて会話が出来る。そのフランクに外に呼び出されたからだ。
そして、「28日と6時間と42分と12秒、世界の終末までの残り時間だ。」と意味深な事を言われる。
死ぬはずだったドニーが生きた物語が進み、ドニーの家族や恋人を失い、
自分自身もが放火や学校の水道管破壊、先生に暴言を吐いたり、拳銃で殺人までしてしまう事になる。
恋人を無くしてなぜか山に向かい、自分の家の方角の異変を感じ、また、飛行機のエンジンの一部が落下していくのを確認し過去に戻れる可能性があると思い家に帰宅する。
そして、ベットに横たわっているとほどなくエンジンの一部が落下して死んで終わり。

フランクから告げられた時から生きたのは「28日と6時間と42分と12秒」
フランクから言われたのはドニーの世界の終末までの時間だったというオチになる。

死を回避しての話が軸になるのでパラレルワールド要素があるかと思うが、
最終的には死を回避した日時にタイムスリップして死ぬのでタイムスリップの物語という印象があった。

ざっくりとした、「ただ見ただけのあらすじ」では以上となる。

■難しいと思った点
・銀色のウサギのマスクのフランクという名前が2人登場する。
・タイムスリップで過去に行く描写のわかりずらさ。
 どうやって行ったかの描写の情報が乏しくいきなりタイムスリップしてる所。
・ロバート・スパロウの「タイムトラベルの哲学」という本の内容とドニーの症状が同じとされているが、
 世捨て人同然の状態で今もなお生き続けているロバート・スパロウの存在。
 いつも郵便受けに手紙が届いていないか確認をしている。
・フランクが現れた時のドニーは普段とは別人のような顔になっている事から多重人格なのか。
 カウンセリングを受けて精神疾患とされているが、具体的に何の疾患というのが描写されていない。

■疑問
ドニーは最初のカウンセリングで想像上の友達が出来たと言い、
未来へ来い、世界が終わるという事を言われていると先生に話すがばかばかしいと思っている。と自分で言っている。
だが、フランクの言う事には愚直で犯罪ですら行動をしてしまっている。

フランクは想像上だという認識はドニーは持っている。
孤独を嫌っていてるのだが、いくら孤独を嫌っているかといって、さらにはその想像上と認識している友達に言われたからと言って善悪はつくはずである。
ドニーは17歳の設定で若い年齢だが善悪はつくだろう。
また、さらにフランクが現れて犯罪をする時のドニーの表情はまるで何かにとりつかれた様子。

まるでスターウォーズのエピソード2のアナキンスカイウォーカーが徐々にダークサイドに近づいている目つきに似ている。

自分が何をしたか記憶に残ってはいるという事は、認識した上での行動という事になるのか。
別の人格が現れた時にフランクを見るのか。主体人格はそれをまるで映画でも見るような感じで見ているという事なのか。

■ラストにすべてが詰まっていた

ロバート・スパロウの家にグレッチェンと他2人の男と向かい地下室に入るが、そこで学校の不良にからまれ一悶着後にグレッチェンがリアルフランクが乗っている車に引き殺されてしまう。

車から出てきたリアルフランクはハロウィンなのでコスプレをしている。
それが、ウサギのマスクと着ぐるみを付けていた。
怒るドニーはリアルフランクの右目を拳銃で撃ちぬく。

ここで、映画館でドニーにマスクを脱げと言われて脱いだその顔はリアルフランクの顔をしていた事を思い出した。
しかし、この幻のフランクはリアルフランクの顔をこの時はしているが実際は別なのだろうと思う。
幻のフランクはこれからリアルフランクを拳銃で右目を打ち抜いた後のフランクの顔を見せているに過ぎない。
なぜなら、ドニーは右目を負傷しているリアルフランクの顔をしたフランクに対して、目はどうした?と聞くが、幻のフランクは「すまない」とだけ言っているからだ。
では、ここで未来のリアルフランクが過去にやってきてグレッチェンを車で引き殺してしまった事をドニーに謝ったのかというとそうではないはずだからである。
リアルフランクが過去に戻ってドニーを28日間弱だけ生き延びさせて、
様々な悪事をするように仕向けてもリアルフランクには何も特が無いからだ。もし、リアルフランクのドニーを使った悪ふざけなのであればもっとリアルフランクのその遊びを描写しても良いはずだからである。
であるからにして、リアルフランクはタイムスリップしたわけではないという事になる。

となると、幻のフランクはやはりドニーが作り出した幻覚なのではないだろうかと思うのが公式見解を知るまでの結論だった。


■最終的にフランクは何か

ここが一番の謎である。
ドニーが作り出した幻覚なのであれば、なぜ未来に来いと言い死を回避させたのか。
もし、実在する何者かであり、死を回避させて28日間を色々な意味で濃い28日間を経験させて、最終的に過去にタイムスリップして死を選ぶか、もしくは生き延びるかをドニーに決断させたのか。
もしそうなのであれば、人を弄ぶのも甚だしい事態である。

ココロを取り扱うとは、フランクはまるで喪黒福造のようである。
※ちなみに喪黒福造は人間では無い何かでIQ800という設定らしい。

幻覚のフランクは父の名前でもあり祖父の名前でもあるという。
何者なのか。これはいまだにまったくわからない。意味が無いのかもしれない。
こういった伏線が難解と言われる要因でもあるのだろうと思っている。

■結果的に何が言いたい映画なのかと考えた

「最終的にフランクは何か」の章でも記載したが、狙いが良く分からない。
単純に見ると、不本意ながら死を回避してしまったドニーが生きてしまった為に起こる、家族とグレッチェンの死を自らがタイムスリップして死に自己犠牲万歳で悲劇のヒーローの映画なのか。
きっと、これはそうもとれるように作ってはあるが実際は違うのだろうと思う。

これはまったくもって何が言いたいのかが「考えがつかない」というのが自分の決断である。無理やりにでもこうだという事を結論付けたかったのだが出来なかった。だが、実にクセになる映画である事は間違い無く、何度も見ないと気付けないような伏線があるからだ。

映画をこのように楽しむ方法もある事を気付かせてくれた。
自分の中では人にもオススメしたい映画であると共に、自身が見た映画の好きな映画の一つである事は間違いない。
人生で見た映画のトップ20には間違いなく入っている。100点満点を基準とすると90点。
ドニーダーコは是非ブルーレイで見て頂きたいと思っている。
時計仕掛けのオレンジも同系統の難解映画だと思っている。

どのように感じるかは人それぞれでまったくもって自分には共感しないという方もいるかとは思うが、是非とも体験してみて頂きたい映画である。

され、ここまでが自分が映画と本気で向き合った結果のオピニオンである。
考える映画と出会った事に感謝し、考えながら楽しむというレパートリーが出来たからだ。

そして、冒頭でも記載したのだがこのドニーダーコという映画には公式見解がある。
個人のオピニオンなんかどうでも良いから知りたいという方はここから読んで頂いても構わないし、自分で思考しどれだけ公式見解に近づけるのかチャレンジするという映画の楽しみ方もある。

想いは人それぞれだが以下が公式見解となるそうだ。

■公式見解
ドニーがいる宇宙をAとする。
ジェット機のエンジンが未来から来たというイベントが発生した事で、
もう一つの平行線の宇宙、つまりAからみるとパラレルワールドのBの宇宙が発生する。

しかし、Bは不安定で数週間しか持たず消滅する事でブラックホールとなる。
そのブラックホールがAに影響を与えてAも終わる。

その為にAのドニーが生きる受信者という世界を救う者として選ばれ、ジェット機のエンジンを元の世界に返す事で世界を救うというミッションを課せられた。
つまり、部屋にいなくゴルフ場で目を覚ましたドニーはこの時にパラレルワールドの位置づけになるBにいる事になる。
そして、ドニーがミッションをクリアするようにドニーの家族や学校の先生や生徒、自己啓発をうたう者やカウンセリングの先生といった周りの人も操られた存在となっていている。

フランク、そして、グレッチェンも操られた存在だがドニーを操作する存在とされている。
操られた死者と呼ばれる重要な役割だ。
Bで死んだ者は生きる受信者と接触する事が出来るのである。
よってフランクを操りドニーにあれやこれやとやらせる事でミッション成功するように誘導した。
そして、10月30日にドニーがタイムポータルを閉じる事に成功。
ここで、10月2日に時間が巻き戻り、Bは発生しないがジェット機のエンジンが落ちるというイベントはAで起こりAで部屋にいるドニーは死亡する事でAの世界の終わりを回避するミッション達成。
回想はBの記憶、つまり未来の記憶が現実か非現実かもあやふやな状態あるが為にあの各人のシーンとなった。

というのが公式見解という事だ。
これは、ロバート・スパロウ「タイムトラベルの哲学」に記載されている内容にもなるとの事。

気になるのは大元で操っていたのは誰か?というと、なんと「未来人」なのだそうだ。この未来人の不手際で起きたのが未来から来たジェット機のエンジン。そこからBが発生してAの消滅を防ぐ為に未来人が操作したものがこの映画という事になる。

当記事の最初の方に載せている画像の「世界に終わりが来たら安心したいと思います。」というのは、Bの宇宙を閉じる事でAの宇宙を救えるという事をドニーが認識しているという事になる。

このように公式見解を知ってみると、思う所も正直あるがこれはこれで楽しめる映画である事は間違いではないと思っている。
それでもなお、また見たいと思える映画なのは自分が未来人に操られた者なのかもしれない。

斯くして、結果にコミットするのも千里の道も一歩から。

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