Akiraブログ

人生はぐるぐる

人生

掛け合わせこそがオリジナリティそのもの

自分で考え抜いた内容やデザイン、
構成を真似られて先に出されて他人が評価されようとも、決してひねくれたり、言い訳をしてはいけない。

それを完成させた自分の努力は本物だ。
むしろ自信をつけるべきだと思う。

そもそもうぬぼれてはいけない。
何事もオリジナリティ100%という事は不可能だからだ。

自分で100%と思っていたとしても、
きっと探せばどこかに似たり寄ったりな事が存在しているからだ。

自分自身も色々な物を見ているうちに意識はせずとも、
誰かの知識、考え、モノを足し算形式で引用させてもらってしまっているのだ。

世界には過去の歴史があるわけで、これから先も新しい事を作る事は困難を極めていく。
だが、いずれにしても「新しく思える/見える/聞こえる/感じる」事というのはどんどん出てくるだろう。

しかし、それは足し算形式で作成されたもので新しく見えているだけに過ぎない。

別のジャンルをさらに別のジャンルに取り入れそれを繰り返すというような事だ。
音楽で例えるとわかりやすいのかも知れない。

 

何事も型にはめたり、一括りにするのは好まない。
だが、敢えて言おう。
解散から30年近く経っても伝説のバンドとなっているBOOWY。

完全に解散してからの後追いであるが、小学生/中学生の時は夢中になった。
老若男女で知る人も多いが、ではBOOWYはジャンルで言うとなんだろうか。

その音楽性はロックと言えばロックであるし、1st、2ndアルバムの頃はニューウェーブやポジパン、3rdアルバム以降は化粧や逆毛だからと言ってゴシック・ニューウェーブなのか。
はたまた、変拍子の曲があるからと言ってプログレバンド?かと思えばそうでも無いだろう。

どれも人それぞれに思う答えは違うだろう。
とどのつまり、BOOWYはBOOWYというジャンルだったと思う。

しかし、当時の日本ではあのビジュアルと後期のメロディアス、
その音楽性は新しく映っていたというのは当然だと言える。
歌謡曲 or 演歌が主体だったからだ。
だからといってその時代や音楽を批判はしていないので誤解はしないで欲しいと思う。

色々な要素をまぜつつも、BOOWYというバンドとなっていたと言える。
そして、そこに新しさがあるように思えるからだ。

ちなみに自分は2ndのINSTANT LOVE、3rdのBOOWYが好みである。

 

話はそれてしまったが、BOOWYの話になるといつまでも終わらなくなるため話を戻すが、結論は自分の真似をした人間の事なんかはどうでも良い。
むしろ良いと思われたから盗まれたのであって、自分に自信を持つべきことだろうと思う。

次も自分が良いと思う物を作ったら良い。
でも次は出すまで近くの人には気をつけよう。それだけだ。

掛け合わせる事でよりオリジナリティ色が強くなるという事を学んだ。
つまり、掛け合わせこそが自分というオリジナリティそのものだ。

高校生だったあの日、
学年で2位だった想いを胸に今日も生きていく。

斯くして、FUNNY BOYな千里の道も一歩から。

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